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「私の本について話そう」 『プライド』

2012/08/24

 神奈川近代文学館 城山三郎展 記念講演会(2010年5月15日(土))講演録

■城山さんが描いた日本人の<プライド>

本題に入る前に、城山さんのお話をしたいと思います。
数ある城山作品の中で、『総会屋錦城』という短編集が、大好きです。城山さんはこの作品で、直木賞を受賞されました。7つの短編が収められていて、いずれもが、高度経済成長で、日本人は自信は取り戻したけれども、「これからの新しい社会で、どう生きてゆけばいいのか?」が、テーマになっています。
高度経済成長によって、私たちの生活は豊かになりました。一見すると、新しい社会になったようですが、実のところ、組織の論理に支配され、戦時中の軍隊とあまり変わりない窮屈さが色濃く残っていました。城山さんは、ご自身の海軍での経験から、組織の論理に反骨精神をお持ちになっておられたので、物質的な豊かさに隠されてしまいそうになるその“窮屈さ”に注目されたのだと思います。そして、日本人の<矜持>をないがしろにしてまで、我々は物質的な豊かさに溺れていいのか、と問いかけられました。
短編集『総会屋錦城』は、限られた枚数の中で繰り広げられる濃密な人間ドラマの中に、城山さんの矜恃が溢れています。

■初挑戦で課した課題「プライド」

私はこれまで長編を中心に書いていましたが、いつか、城山さんの「総会屋錦城」のような短編が書けたらいいな、と思っていました。そんなとき、「小説新潮」でチャンスをいただき、2008年に「プライド」という最初の作品を発表しました。
「プライド」を書くに当たって、二つの課題を設定しました。
一つめ、時事性のある題材を扱うこと。ちょうどその頃、雪印乳業や、不二家、赤福、吉兆などの食品偽装問題が、世間を騒がせていたので、これを背景にすることに決めました。
二つめは、小説的な企みにもこだわることです。この2つは、その後の短編でも通底した課題としました。
また、小説を書くに当たり、綿密な取材をしてきましたが、第1作目である「プライド」では、敢えて取材をしませんでした。資料だけで、現実に起きたことだけを踏まえて、そこから先は自らの想像力を膨らませてみたかったからです。
そんな様々な課題を踏まえ、苦労を重ねて何とか第1作目は完成しました。
幸運なことに、「プライド」掲載後に、短編集を出すお話を戴きました。
その時、短編集のテーマとして“プライド”を据えてみようと思いました。誇りを持って生きることは、非常に重要です。しかし、いまの世の中では、その言葉がむなしい響きになってきつつあります。時にはプライドが邪魔になって、生きづらくなっていることもあると思います。私は、“プライド”にまつわる様々な視点を読者に提供し、この扱いにくい想いを読者と一緒に考えてみたかったのです。こうして、3ヶ月に一度の、短編の掲載が始まりました。

■蚕を育てて、その美しさを知った「絹の道」

収録順とは異なりますが、2番目に発表したのは、「絹の道」です。
若い男女が主人公になっているので、恋愛小説として読まれる方もいるようですが、こ「日本の養蚕農家は消えるかもしれない」という新聞記事を読んだことがきっかけで、養蚕について取材し、実際に蚕を飼ってみることまでして書いた作品です。日本はもともと生糸の生産が主な工業で、明治維新以降、生糸の輸出により発展を遂げました。和服も絹製ですし、養蚕は日本人にとって身近なものでした。
ところが、現在の養蚕農家は超高齢化し(平均年齢70代後半!)後継者不足で、絶滅寸前です。現在、日本で日本製として販売されている着物の大半は、実際は日本で生産した生糸を使っていません。そのことも、あまり知られていないと思いますが、知られないまま、日本の養蚕は絶滅してもよいのか、疑問を持ちました。
実際に蚕を育ててみて気づいたことですが、養蚕には、「華道」や「茶道」の作法にも通じるような、細やかな心づかいを必要とする独特の作業がいくつもあり、養蚕農家では代々、そうした“文化”も大切に受け継がれてきていました。しかし、このまま日本の養蚕が絶滅してしまうと、日本の美しい文化をまたひとつ、失うことになります。
また、現在の蚕は品種改良されていますが、このような効率化が、果たして、良質な絹をつくる上で、本当に良かったことなのか、と疑問を抱くことも多々ありました。この作品は、読者の方に、現在の養蚕について知ってもらい、考えるきっかけになっていただきたいと思って書きました。
そして、小説的企みとしては、神秘的な女性の存在と十代でスポットライトを浴びながら、失意のウチに田舎に籠もった青年とのふれあいを通じて、生きるために必要な想いのありかを探してもらおうとも考えました。

■歪んだ常識がまかりとおる医学界とネガティブなプライドに支配された医師描いた「医は……」

3作目は、ちょうど、臓器移植法が議論されていた時期に、心臓移植を題材に「医は……」という作品を著しました。
主人公は、非常に優秀で、名実共に最高峰の医師二人、互いに信頼し、尊敬しあう親友でしたが、価値観の違いに気づいた瞬間から、相手に対する猜疑心が膨らんでいくという、密室心理劇風の小説を試みています。
アメリカでは、心臓移植手術を年間数百件以上するような医師が「名医」といわれていますが、日本では、おかしなことに名誉ある大学病院の心臓外科教授でありながら、手術をめったにしない方がいらっしゃいます。日本の医学界では、論文が評価されてこそ名医と評価されるため、権威ある医師は、論文を書くことに心血を注いでいるためです。
そのため腕の良い外科医は、執刀の実績を高く評価される海外に出てしまい、国内に本当の意味での名医がいなくなってしまっているのが、日本の医学界の現状なのです。にもかかわらず、日本は、非常に難しいとされている子どもの心臓移植を、国内で行おうとしています。
果たして名医とはどういう医師のことなのか。二人の“名医”が真っ向から衝突した時、その重大な問題が火花を散らし、欺瞞と誤った矜恃に振り回される人の愚かさが見え始めてきます。

■マスコミが問題発言を煽る「暴言大臣」

4作目は、「暴言大臣」という作品です。
この作品は、説明より先にお読みいただきたいので、あまりお話しませんが、入閣して大臣になった途端に、なぜか問題発言をして辞める議員がたまにいらっしゃいます。この作品は、なぜ、そんな“暴挙”に走るのかが知りたくて、書き始めました。
“暴言”の発端は、大抵マスコミの挑発にあります。それまでから問題視されていた偏見を、大臣の就任会見で引き出し叩く。特になかなか大臣になれなかったベテラン議員は、嬉しさの余り防御が甘くなり、いとも簡単にマスコミの罠に引っかかってしまうのです。
本作では、そうした構図を踏まえた上で、実はその大臣の“暴言”には当人の謀(はかりごと)が秘められていたのではないかと秘書の疑問から、思いもよらぬ結末が浮かび上がってくることになります。

■ミツバチの大量失踪を目の当たりにして描いた「ミツバチの消えた夏」

「ミツバチの消えた夏」は、養蜂、農業を題材にした作品です。すでにアメリカやヨーロッパでは、ミツバチの失踪が社会問題になっていましたが、知り合いのある養蜂家の方から、「実際に、日本でもハチがどんどん消えている」という話を聞き、世の中に問題喚起してみようと思って書きました。
ミツバチは本来、半径数キロを飛んで蜜を集め、迷子にならずに必ず巣に戻ってきます。それが突然、方向感覚を失ってしまい、巣箱に戻って来られなくなってしまうために、“失踪事件”が起きているのだと推測されているようです。
原因として、ある種の農薬を指摘されていますが、その因果関係を証明するのはすぐには難しそうです。
ただ、この問題を掘り下げていくと、日本の農業が孕む様々な問題が顕在化してきました。短編ですので言及には限りがありますが、そのあたりも醸し出せればと力を注ぎました。
また、主人公の養蜂家を元戦場カメラマンというユニークな設定にしたのですが、それがこの問題に別の角度から光を与えることになったのではと思っています。

■日本の農業政策を問う「一俵の重み」

そして、一番新しく、短編集の最初に収められている作品が「一俵の重み」です。冒頭は、事業仕分けのシーンから始まりますが、非常に個性的な性格の農水官僚の米野太郎という主人公が登場して、逆に仕分け人を斬っていきます。
95年の食管法廃止以降は、食料自給率がどんどん下がっているのに、農水省は個別補償までして減反政策をしています。しかし、私は本当においしい米をつくる努力をすれば、減反する必要はないと思っています。たとえば、経済発展のめざましい中国の富裕層には、日本の米が高くても安全で美味しいと、大変な人気です。今後の発展が期待できる中国やインドは人口が多いので、富裕層が人口の一割だとしても、相当な数になります。そのような外国へ向けて日本の米を輸出するという発想が、日本の農水省の人にはないようです。政策としての減反よりも、原点に立ち返って、美味しい米をつくることに注目して欲しいと思います。
農業は、最後の輸出産業として成長すべきだと考えています。国内でしっかり米作りをして、美味しい米を外国に輸出するべきだと考えています。現在の食料自給率では、農作物を輸入できなくなったとき、たちまち食料に困ってしまいます。それも農産物を輸出できるほど生産しておけば、まさかの際には埋め合わせも可能になります。
さて「一俵の重み」の執筆中から、我々が見過ごしてきた農業について、もっとしっかりと掘り下げたいと考え始めていました。そこで、「ミツバチの消えた夏」と「一俵の重み」から派生した新長編の連載小説(『沈黙の代償』)を、「小説新潮」でスタートさせることになりました(2012年9月完結。2013年上半期刊行予定)。

“プライド”というキーワードに綴った6つの物語が、読者の方の働き方や生き方の刺激になれば幸いです。

【TEXT:JUJU NISHIMOTO】

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